前田家住宅見取図
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【0】お部屋のご案内
前田家住宅見取り図
ご利用いただけるのは、(東の蔵を除く)茶色に網掛下部分と庭(いえん)です。

【1】ニワ
土間をニワといいます。ふだん人びとが出入りする玄関につづくニワは公的スペースだったので、高い天井があります。つづく四畳のオモテ(表)で、ふだんの来客の対応が行われました。天井が高く棹縁天井になっており、家の守り神がまつられた神棚があります。

【2】イノマ(八畳)
イノマ(居の間)は前田家の主人や家族がふだん生活をする部屋です。伊万里出身の天才的俳人、中村鼎山の聯がかけられています。この部屋や、寝室だったヨジョウノマ(四畳の間)、ナンド(納戸)とも天井が低く、根太がむき出しになっています。

【3】ツギノザシキ(八畳)
ツギノザシキ(次の座敷)は大庄屋と同格以下の客の対応につかわれました。現在は、ここに先祖の位牌がまつられています、ザシキ(座敷)との境の鴨井には、小城出身の書家、中村梧竹の「成功成徳」の扁額がかけられています。欄間は松と竹で、天井は高い、棹縁天井です。ザシキ(座敷)やオナリノマ(御成りの間)も同様に高い棹縁天井になっています。

【4】茶室(六畳)
明治時代以降に改造され、現在は数寄屋造りの風流な部屋で茶室になっています。床の天袋には、中国から長崎に来ていた画家、王治梅の筆で太湖石が描かれています。この部屋は、かつて特別客を迎えるため式台付きの玄関であったと考えられます。

【5】ザシキ(八畳)
式台付きの玄関から上がった客は、榑縁を通ってザシキ(座敷)に通されました。ザシキは大庄屋と同格以上の特別な客の対応につかわれました。釘隠し金具は前田家の家紋の「蔦の葉」がかたどられています。

【6】オナリノマ(八畳)ツギノマ(四畳)
オナリノマ(御成りの間)は他の部屋より床が一段高く、「上段の間」ともいいます。繊細な組子欄間があり、桂も細く、京風な上品なつくりです。藩主などが泊まる特別な部屋で、ツギノマ(次の間)には警護など、お側仕えの人たちが控えていたのでしょう。
佐賀藩十代藩主、鍋島直正を迎えるため、文久元年(1861) ごろに増築されたと思われます。
